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おんな城主 直虎 あらすじ

大河ドラマ おんな城主 直虎

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第1回 「井伊谷の少女」1月8日

天分13年(1544)井伊谷に、井伊家当主の直盛と千賀に、姫「とわ」が生まれ、

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のちに、井伊直虎という名前で生き抜くことになります。


おさななじみは、亀之丞と鶴丸とのどかに暮らしていたのですが、

おとわと亀之丞との間に縁談がもちあがり、そんな折、亀之丞の父井伊直満が、

今川から謀反を疑われて、駿府に呼び出され討たれてしまいました。

亀之丞も命をとられるところ、井伊は亀之丞を逃がすことにしました。

第2回 「がけっぷちの姫」1月15日

亀之丞を逃がすため、「おとわ」は身代わりとなって

追っ手をひきつけたので、亀之丞は逃げきれたようです。

小野正直は、今川家の目付として、息子の「鶴松」と「おとわ」を

夫婦にして、井伊家の家督をつがせようと考えていたのですが

おとわは、「亀之丞を待つ」という約束を守るために

自分の髪の毛を切ったのでした。

第3回「おとわ危機一髪」1月22日

おとわは、鶴丸との夫婦約束をのがれるため、

出家をしようとして、今川の怒りをかいました。

今川義元に人質として行くことになるのですが、

南渓和尚も一緒に駿府の今川へと行きました。

おとわは、寿桂尼と出会い、義元の息子の龍王丸と

蹴鞠の勝負を挑みます。

勝つまでねばり勝利したことから、雪斎の口添えもあり、

「とわの出家をもって本領安堵とす」

というほうびをもらいました。人質は、まぬがれたようですね。


第4回 「女子にこそあれ次郎法師」1月29日

今川からの「本領安堵の条件」として、おとわは、

出家することになりました。

「次郎法師」と名前を与えられました。

「次郎」は、井伊家の家督を継ぐ男子の名前でした。

厳しい修行が始まり、おとわは、お腹を空かせて

いました。

ある日、小野政直の命を狙う北条のものから

直盛は、政直の命を救い、恩をうりました。

「おとわ」は、鶴松の助言もあり、竜宮小僧として、

村人の役に立てることをはじめ、9年の月日が

流れるのでした。


第5回 「亀之丞帰る」2月5日

天文23年。次郎法師は、成長(柴咲コウ)して、

僧として暮らしていました。

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今川家の力で井伊家中での実力を強めた小野政直は、

嫡男の政次(高橋一生)と奥山朝利の娘を夫婦にして、生まれた子を

井伊家の跡継ぎに申し出ますが、家臣らの反対する中

政直が病で、亡くなるのです。

井伊家に成長した亀之丞(三浦春真)が呼び戻され、とわと

再会して、「おとわとと一緒になる」と言いうのです。

第6回 「初恋の分かれ道」2月12日

井伊谷へ帰った亀之丞は、元服して井伊直親と名を改めます。

次郎法師を還俗させて一緒になりたいと望む直親でしたが、

直親の帰還の許しをもらうことでせいいっぱいのようで、

今川による井伊の本領安堵は、次郎の出家が条件で

あるため、直親は、次郎が死んだことにして、夫婦として

暮らそうと提案するのでした。

直親の言葉に悩む次郎に、南渓和尚は、2つの饅頭のたとえ話を

するのです。「王様から2つの饅頭を与えられた2人の家臣。Ⅰ人は1つ食べ、

1つを人に与えた。もう1人の家臣は、1つ食べ、もう1つを

かびさせてしまった家臣。王様は、饅頭をかびさせた家臣を選んだそうです。」

そのたとえ話の意味を考えて、次郎を、死んだことにしてはダメだと思います。

次郎は、井伊のためには2つとも同時に饅頭を食べるのではなく、

いざというときのために、もう1つは取っておくべきだというのです。

直親は、おとわの気持ちがわかり、奥山朝利の娘の「しの」との

祝言をします。おとわの気持ちがせつないですね。

第7回 「検地がやってきた」2月19日

直親としの(貫地谷しほり)の祝言が無事あげられ、小野政次らは、

今川館に行き、直親の帰還を認めて欲しいと願い出ます。

今川義元は、井伊谷の検地を条件に出しました。

井伊直平の治める川名の隠し里を最後の砦として今川に隠そうと

直親は、考え今川の目付役の政次にも頼みます。

しかし、今川の検地奉行・岩松に、隠し里の存在を気づかれてしまいます。

政次の「みこさまの隠れられた土地」という言い訳と、次郎が駿府の瀬名からの

手紙で知った岩松の妻の月命日の供養を申し出たことで、検地は無事に終わりました。


第8回 「赤ちゃんはまだか」2月26日

直親としのは、結婚して4年、子供が出来ないことを気にしていて

次郎法師を逆恨みしていました。

今川義元が、家督を氏真に譲って、尾張の織田攻めに向けて

出陣の準備を井伊にも、槍を作るようにとの命がくだります。

直親は、初陣をしたいと直盛に申し出ましたが、跡取りが

いないので、留守居役を命じられました。

それで、側女(そばめ)の話もでていましたが、次郎法師の口添えもあり、

あと、1年は側女(そばめ)を、もたずに2人で過ごすことに

なりました。いよいよ、尾張へと出陣ですね。


第9回 「桶狭間に死す」3月5日

今川義元と尾張の織田と戦っていた直盛たちは、桶狭間で

今川軍が大敗して、直盛も討ち取られてしまいます。

直盛が、井伊家へ無言の帰還をしました。

次郎法師も母も、悲しいながら、戦死した遺族への

心配りに努めます。母は、次郎法師にも直盛の言葉を手紙に

したためます。

直盛が、亡くなり井伊家の後継者を決めることになります。

しのの懐妊で喜びが生まれる中、政次が、

井伊家を乗っ取ろうとしていると疑う奥山朝利は、

政次を呼び出して、急に斬りかかります。

驚いた政次は、朝利を斬ってしまったというのですが・・・。


第10回 「走れ竜宮小僧」3月12日

政次は、襲ってきた奥山朝利を刺殺してしまいました。

次郎法師は政次の傷の手当をして、寺でかくまうのでした。

父を討たれた「しの」は、かたきを討ってほしいと

泣き崩れますが、小野家に嫁いでいた妹の

「なつ」は、小野から戻りたくないと言ったことが

ことが、惨事となったと語ります。

また、直親は「政次は、刀を抜いておりません。

奥山朝利の脇差で、身を守るため仕方なく刺したのだと

思われます。」と言いました。

政次の疑いは、晴れました。政次は直親に救われました。

月日は流れ、直親としのの間に嫡男・虎松が誕生します。

政次はお祝いに直満の所領を直親に返上すると告げます。

そんな中、松平元康は、今川家に反旗を翻し、駿府に

残された妻の瀬名は、今川館に幽閉されていて、次郎法師は
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瀬名の命乞いに今川館に行き、寿桂尼と対面しました。

しかし、寿桂尼の孫が松平によって討たれたと知らせが

入り、瀬名には自害が申し渡されます。

次郎法師は、必死でとめようとしていますが・・・。


第11回「さらば愛しき人よ」3月19日

瀬名に自決の刻限が迫った時、次郎法師は瀬名を救おうと取りすがります。

もうだめかと思われた時、松平元康からの使者が馬で到着します。

人質交換の申し入れがされ、瀬名と子供は助かりました。

駿府から戻った次郎法師の元に使者が来ます。

元康からのお礼の品と直親に「鷹狩の誘い」が届けられました。

直親は、今川と手をきり元康と密会を果たしますが、

それは、今川の罠だったのです。

今川との内通の証拠をつきつきられた政次は、内通の事実をみとめてしまい、

今川から呼び出された直親を助けようと、次郎法師は元康や瀬名に
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助けを求めに行くのですが、拒否されてしまうのでした。

わずかな供をと駿府へむかう直親を今川勢が取り囲みます。

絶対絶命なのでしょうか?気になりますね。


第12回 おんな城主直虎 3月26日

今川からの呼び出しに応じ、駿府へ向かった直親たちは、

次郎法師の必死の祈りもむなしく、今川勢に、打たれてしまいます。

しのは、次郎法師を責めるが、嫡男・虎松の命もさしだすように

命じられ、その命とひきかえに直平、直油、左馬助を失ってしまいます。

男たちを失った井伊家の実権を政次が狙いますが、

南渓和尚が、虎松の後見人は、井伊直虎と名乗る次郎法師を

推挙しました。おんな城主・直虎の誕生しました。


第13回 「城主はつらいよ」4月2日

「我が井伊直虎である」と幼い虎松の後見役として

井伊家の領主として国を治めると宣言しますが、

「女の領主」に家臣たちも猛反発します。

虎松の母・しのも認めないのでした。

そんな中、領地を見て回る直虎は、領民が抱える問題に

頭を悩まします。

瀬戸村の荒れ地で、年貢と借金の2重の支払いに苦しむ

村人は「徳政令」を願い出て借金の棒引きを直虎は

約束してしましますが、井伊家も銭主の瀬戸方久に

大きな借金があるという事実を知り、直虎は方久を

家臣に加え、方久に年貢が入るようにすることで

借金返済の猶予をもらうという策を思いつきます。

そんな時、瀬戸村の百姓らが「徳政令」を今川に

願い出たという知らせが入ります。

直虎は、どう解決するのでしょうか。


第14回 「徳政令の行方」 4月9日

直虎が徳政令の約束を破ったことに腹を立てた瀬戸・祝田の百姓たちは、

蜂前神社の神職を通して今川に徳政令を願い出ます。

政次は徳政令の発布を命じる今川からの書状を読み上げますが、

直虎は「土地は龍潭寺に寄進をしてしまった」と言うのです。

徳政令を無効にされた百姓たちは、銭主・方久を連れ去り、

「今川の徳政令を受け入れると記したものをおいて置け」と

手紙を直虎に届けたのでした。

直虎は、説得に百姓の家をまわりますが、百姓たちは姿を消していました。

直虎が、あきらめて「徳政令を受け入れる」という書付を書いている途中

のろのろと亀が出てきて、書付の上に乗ったのです。「違うよな。かめ」と

書付を書かずに、直虎は親しい領民たちに頼み、瀬戸 祝田の村人のために

田植えを始めます。直虎の様子を見て村人たちも田植えを一緒にします。

直虎は、村人たちと心を一つにできました。方久は、村人たちの年貢がはいるので

借金を返せるしくみをつくると約束してくれたので、村人たちも納得したのでした。

みごとに、村人の心をつかみましたね。


第15回 「おんな城主 対 おんな大名」 4月16日

直虎に今川の寿桂尼は、政次に徳政令の発布をしなかった

直虎に駿府に申し開きをするように命じました。

以前、同じように言われた直親は道中惨殺をされたので、

政次は、直虎に虎松の後見を政次にするよう勧めますが、

直虎は、駿府に向かうことを決意するのでした。

駿府への途中に命を狙われた直虎でしたが、家臣・直之と

入れ替わり、駿府の寿桂尼に申し開きをするのでした。

追い詰められた直虎でしたが、徳政令を願い出た百姓たちからの

「直虎の後見を望む署名状」が届きます。

寿桂尼は、直虎を後見とすることを認めます。


第16回 「綿毛の案」 4月23日

駿府から無事帰った直虎に、瀬戸方久は井伊家の

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財政を立て直すために「木綿」作りを持ちかけます。

直虎は村人の甚兵衛に相談しますが、井伊家領内は深刻な

人手不足で、木綿つくりの人手を村々を探してまわる直虎でしたが、

どこも村人は足りていないと言われますが、水浴びをする若い男から

「人は銭で調達できる」と聞いた直虎は情報を得ようと

方久らと茶屋に出かけます。

そこに、政次が現われ、「噂を流せばよい」と言って立ち去ります。

直之の機転で「井伊はただで土地がもらえるらしい」と

芝居で噂を流したのですが、あくる朝、大勢の人が集まります。

直虎は、政次が集めたと落ち込みますが、

「政次の知恵を借りればよい」と和尚に言われます。

今川の寿桂尼の様子も少し、心配ですが・・・。


第17回 「消された種子島」4月30日

直之は「種子島」を取りよせ、直虎の前で撃って

みせました。直虎はこの「種子島」を生産しようと

考えました。

そのころ、龍潭寺で手習いをはじめていた虎松は

家臣の息子たちと五目並べをしていたのですが、

家来の子供たちに手加減をやめるよう直虎は言いました。

周りが手加減をしなくなり虎松は、負けてばかりでくやしくて

寺に来なくなってしまいました。

困っていた直虎に、なぞの男に「一度、勝たせてやれば

勝つ楽しさも、やればできるとわかる」と言われ、

夜に虎松をたずねて直親の昔の話をして、

努力して強くなったことを教え、五目並べをきたえるのでした。

ふたたび、なつの息子亥之助と勝負します。勝負をあきらめない

虎松を見たしのは、手習いを続けさせて欲しいというのです。

その矢先、「種子島が盗まれた」との知らせが入り、政次が

「種子島」を持って現れ、謀反と思われても仕方がないので、

後見をやめるよう直虎に言うのでした。


第18回「あるいは裏切りという名の鶴」5月7日

政次は、製造中の「種子島」を今川への謀反の証拠だと

直虎に虎松の後見を降りるというように駿府に行くようにせまります。

そこに、方久は駿府の今川に直虎の命だと「種子島」を売り渡し、

直虎の窮地を救います。

その今川氏真のもとへ、縁戚の武田の嫡男・義信が

謀反の罪で幽閉されたとの知らせが届くのでした。

今川と武田の同盟も危うく、松平の勢力も強まり井伊は

ますますきびしくなりそうです。

南渓和尚は、「当主としての心得が記された書物」を

直虎に手渡します。

「敵を欺くには、まず味方から」との兵法がありました。

有名な言葉ですよね。それを読んだ直虎は、矢面にたって

井伊を守ろうとしてきた政次に気づき、政次なら井伊を

どう守るかと聞くのです。政次は、自分なら戦わない道を

選ぶと答えました。


第19回 「罪と罰」 5月14日

目付の近藤康用が、直虎に井伊のものに領内の木が

盗まれたと苦情を持ち込みます。

直虎は「近藤のものの仕業ではないか」と口論になります。

現場を検証していくうち、井伊領内でも盗まれており

直虎たちは盗賊を待ち伏せ、犯人を捕らえました。

しかし、それは以前、直虎に知恵を貸した旅の男だったのです。

男の処分を井伊にて行うことになり、直之と政次は

打ち首を主張します。しかし、恩がある男を殺したくない

直虎は、獄に入れて「労役」を考えます。

男を近藤に引き渡そうとする政次と直虎とが意見を

対立している中、男は穴を掘り脱獄してしまいます。

今川と武田の同盟も崩壊寸前の中、直親の娘と名乗るものが

井伊にたずねてきます。どうなるか、気になりますね。


第20回「第三の女」5月21日

信濃から来た高瀬は、亡き直親の娘だと言うのです。

動揺を隠しきれない直虎でしたが、真偽がわかるまで

高瀬を屋敷で預かることにします。

直親の元妻のしのは、なんともやるせない気持ちを

直虎と共有します。

高瀬は直親の笛の曲を口ずさみ、武田のスパイかと

疑っていた政次と直虎も高瀬を井伊の娘と迎えることに

決めました。

綿布が出来上がり、直虎は方久と商いのため気賀に

来ていました。


第21回 「ぬしの名は」5月28日


直虎は、気賀の町衆の中村屋に商いの相談をします。

市場の店でで異国の品物を見ていた直虎は財布をすりとられて

追いかけますが、反対に盗賊団のかしらに捕まってしまいます。

木を盗んで捕まって逃げ出した者が、かしらでした。

かしらは、「領主は、農民から年貢をとる泥棒」だと言い、

ます。領主を何代もさかのぼった昔に喧嘩の強いものが、勝手に

領地を決めた「泥棒」ではないかと言うのです。直虎は

その言葉が頭からはなれませんでした。

井伊谷に、気賀の盗賊団から直虎の身代金の書状が

届きます。直虎は井伊家の家臣たちに救いだされました。

方久から「木を売ればよい」と言われた直虎は、

盗賊団のかしら「龍雲丸」を呼び出し、木の切りだしの仕事を
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しないかと持ちかけたのでした。

「奪い合わなくても生きられる世を作り出そう」との

直虎の言葉に、龍雲丸は、直虎と手を組むことに決めたようです。


第22回「虎と龍」 6月4日

直虎は、材木の商いを始めるため、龍雲丸をかしらとした

気賀の一団を受け入れることにしました。

木を切る作業は、かなり専門的なものでした。

しかし、家来の直之や領民らは、龍雲丸らがもと盗賊だと

こわがり、何かがなくなると一団に疑いがかけられたり、

夜な夜なばくち場をひらくので領民とのトラブルが続くのです。

人間らしい暮らしをしたい一団にも不満の声もあり、

直虎は、領民らと一団を一緒に食事に招待し

協力してイノシシ狩りをするうち双方の誤解が解けたのでした。


第23回 「盗賊は二度 仏を盗む」6月11日

直虎のもとに、政次と近藤がやってきました。

近藤の菩提寺から、本尊が盗まれたと言い、

犯人が龍運丸たちだと、身柄の引き渡しを

要求します。直虎はいったん了承したように

見せかけて、龍運丸たちを逃がそうとします。

南渓は、この件について近藤と手打ちにするために

かわりの本尊を寄進しょうと直虎に持ちかけます。

寄進にあたって近藤の菩提寺を訪れた南渓と直虎でしたが、

空のはずが、本尊がもどっていたのでした。

近藤のうそに気づき、南渓が龍運丸に隠されていた

本尊を元に戻させて、騒ぎを無事におさめたのでした。

直虎は、龍運丸たちを召し抱えたいと申しだえますが

空の雲を眺めていた龍運丸は、なぜか断ります。


第24回「さよならだけが人生か?」6月18日

直虎からの奉公の話を断った龍雲丸でした。

直虎らは、百姓らに読み書き・薬草のこと・身を守る護身術・

銭の扱い・百姓の子供の手習いを学ばせひそかに有名になっていきました。

そんなころ、今川氏真は同盟を破った武田に「塩止め」の報復をして、

離反を防ぐため、直虎のもとにも縁談がもちこまれたのです。

新野家の桜を、今川家の重臣の庵原(イハラ)家に嫁がせよと

命が下ったのでした。

南渓和尚と直虎は、桜の夫となる助右衛門(すけえもん)と面談して、

その人柄に安心するのでした。

家康は、武田と縁組を計っていましたが、信長の知るところとなり、

信長自ら岡崎に出向き、信長の娘・徳姫と家康の嫡男・竹千代との
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縁組を決めたのでした。

桜が駿府に嫁ぐころ、岡崎の家康の嫡男・竹千代のもとへ、織田から

徳姫が嫁入りしたのです。そして直虎の乳母の竹は井伊家の財政を考え、里に下がります。

直虎は、政次に北条の動きを知るため、縁組を考えたいと話します。

直虎は、だんだん、人々の心をとらえます。真心は人を動かすものですね。


第25回「材木を抱いて飛べ」 6月25日

井伊の材木をまとめて買いたい商人が見つかり、喜ぶ直虎と

方久でした。

伊賀を去った龍雲丸たちは加賀に戻り「龍雲党」を名乗り、

流れ者たちをまとめていたのです。

駿府では、今川氏真が同盟を破った武田へ「塩止め」を

行い、武田へ通じる商人を取り締まっていたのです。

それで、井伊家の材木の商い先の「成川屋」が、井伊の材木を

徳川に流していたことが発覚したのでした。

その事実から今川から謀反を疑われ直虎は、駿府へ申し開きを

しに行くことになったのです。

Ⅰ人碁盤に向かい考え続ける直虎でした。井伊の材木を取り戻す

策を考え、薬を使い熱を出し時間を稼ぐのでした。

駿府でも申し開きは、徳川へ材木を売るとは知らなかったと

氏真に言う直虎でした。

そこへ、井伊の家臣らは、龍雲丸たちの助けを借り、三河へ向かう船ごと

材木を取り戻し、駿府へむかわせ、駿府城下へ材木が運びこまれているとの

知らせが入ります。

井伊の心をしめすため、三河へ流れた材木を1本残らず取り返すように家臣へ命じたと、

これが、井伊の忠義を訴える直虎でした。



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