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大河ドラマ 真田丸 あらすじ ネタバレ

大河ドラマ 真田丸 あらすじ 

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第1回 船出 2016年1月10日

天正10年【1582】年

武田信玄亡き後、9年過ぎて当主の勝頼であったのですが武田家に仕える

真田昌幸(草刈正雄)は、織田を討つため出発します。

昌幸の息子である2人の兄弟は、兄の信幸(大泉洋)と弟信繁(堺雅人)ですが、

逃げる当主勝頼の本体とは離れ、父昌幸のもとへと

敵が迫る中旅立ちます。

「真田一族」に未来はあるはずなのですが・・・最初から目が離せませんね。

第2回 決断 1月18日

真田の一族は、父の真田昌幸のいる岩櫃城へ向かう途中、野盗に襲われます。

信繁が、母の着物をばらまき戦いながら

逃げ切りますが、百姓の恰好で目立たぬようにすすみます。

真田と違う方向へ逃げた勝頼は、家臣の裏切りで命を落とし、

武田家は滅びてしまいます。

父と会えた真田家は、北条につくか上杉につくか悩んだ末

「織田につく」との展開ぶり。本当でしょうか?とにかく目が離せませんね。

第3回 策略 1月24日

昌幸(草刈正雄)は、信幸(大泉洋)に上杉家への密書を託します。

しかし、その動きを室賀正武(西村雅彦)の手のものに知られて、密書を

奪われます。昌幸は、それも承知の上で「敵をだますには、まず味方から」

その密書を利用して織田信長に会えるように仕向けたのですが・・・

はたして、真田家の運命は!ハラハラしますよね。


第4回 挑戦 1月31日

真田昌幸(草刈正雄)は、織田信長から呼び出されます。

信繁(堺雅人)とともに出立しますが、織田の元で、徳川家康(内田聖陽)に

上杉への密書のことを探られます。

ようやく、信長に面会でき昌幸は「良いつらがまえじゃ」と言われますが、

領地の献上と人質と不利な条件を聞かざるをえないのでした。

しかし、そんな時明智光秀による本能寺の変が起こるのです。

急な展開に、ハラハラしますね。


第5回 窮地 2月7日

本能寺の変で、明智光秀が織田信長を討ちました
徳川家康は、伊賀の山中を抜けひたすら逃げぬきます。

信州で信長が討たれた知らせを聞く昌幸は、上杉に助けを求め断られてしまいます。

明智から使者も来て試案のしどころですね。

安土城の信繁は、を城から他の人質とともに抜け穴を見つけ逃げていくのですが、

前途は、多難な様子です。

第6回 迷走 2月14日

安土城から、信繁は姉のを連れ信濃へ逃げようとする途中、

あばらやで隠れていたところを明智軍に見つかってしまいます。

追い詰められた松は、崖から琵琶湖へ飛び込みます。

そのあと、見つかりません。

一方、織田軍の滝川から、人質を出すように、昌幸は迫られていました。

秀吉が、明智光秀を討ちました。

北条氏政は、信濃に攻め込もうとします。

昌幸は、だれにもつかずに、信濃を守ろうと決めたようですが、どうなることか心配ですね。

第7回 奪回 2月21日

信長の死で、混乱する時に、領地の奪回を昌幸は攻め取ります。

しかし、人質の「とり」たちは、滝川に連れて行かれ

信繁は後を追い、小諸城でうばいかえそうとしましたが

反対に捕らえられてしまいます。

いっぽう、昌幸は越後の上杉景勝に味方をするとちかずきます。

ともに北条と戦うそぶりをみせたのです。

滝川は、信長の後継者を決める大事な会議にいそぐため、木曽義昌

人質を渡す条件でおりあうのです。

「とり」は、木曽義昌に信繁たちだけを解放するように言い「とり」を

残して真田へ帰ってきます。

第8回 調略 2月28日

北条氏政と上杉景勝が、信濃に迫ってきます。

真田昌幸は、上杉につくかに見せて、信繁には密命を与えます。

春日信達の調略でした。昌幸は北条へ寝返りを見せていましたが

叔父真田信尹は、春日信達をだまし討ちにして利用し信濃を

北条からも上杉からも守ったのです。

しかし、信繁は父と叔父のしたことに納得はしかねる様子でした。

少し、後味の悪い気がしますね。

第9回 駆引 3月6日

昌幸は、信濃を大名なしの国衆の集まりで独立するか自ら大名になるか悩んでいました。

しかし、徳川家康の家臣になると決めます。

信繁は、父への割り切れない思いが残り、梅の言葉で家康と北条の

戦いで北条を兵糧攻めにします。

しかし、北条と徳川が手を結びます。

真田は、どう動くのでしょう。

第10回 妙手 3月13日

北条と徳川の突然の和睦で、真田家は困っていました。

信繁と信幸は浜松城に出向き家康に真田のために城を新たに 作ってほしいと言います。

家康はそのかわり沼田を渡してほしい

巡り巡って人質となっていた「とり」を返します

梅から「ややこができた」とうれしい知らせを聞いた信繁は
さなだの窮地を打開するため、

1度は裏切った上杉景勝に会いに行き 戦芝居を頼みます。

上杉は承知して戦芝居をし、北条は兵を引きます。

真田の駆け引きは、あまりにもコミカルですね。

次は、梅との婚礼ですね。

第11回 祝言 3月20日

徳川家康は、室賀昌武真田昌幸の暗殺を持ちかけます。

真田信繁は、梅を妻にと望むのですが、母の薫は祝言を反対していました。

きりもショックを隠せません。

しかし、室賀を試すため、信繁の祝言を利用することにします。

そして、室賀を返り討ちにします。


第12回 人質 3月27日

徳川からの刺客を返り討ちにした真田は、四方八方を敵に囲まれ

上杉の援軍をうけるため、信繁を人質に越後に行かせました。

景勝のもとで暮らし民の声を聴く名君ぶりを目の当たりにするのですが、

戦続きで困っていて、民同士のいさかいに信繁も良い案をだしたので、

ますます景勝に気にいられたのです。

真田の里では、梅が信繁の娘すえを生んだのです。

真田と上杉は盟約をかわします。

こらから徳川との戦いが始まります。


第13回 決戦 4月3日

徳川家康の大軍を相手に、真田は昌幸の策略をめぐらせます。

越後から駆け付けた信繁

六文銭の旗を戦場で揚げ「高砂や~」と敵を城内に誘い込みます。

さまざまな迷路で真田勢の勝利となりましたが、梅は巻き込まれ亡くなってしまいました。

第14回 「大阪」 4月10日

天下をまとめた羽柴秀吉は、全国の大名に大阪に上洛するように求めていました。

上杉景勝も真田信繁を連れて上洛します。徳川家康も北条氏政も秀吉の勢力に動けずにいました。

大阪城に入った信繁は、石田三成に待たされます。

茶々に出会い、秀吉とも運命の出会いをしました。

これからも、楽しみな展開ですね。

第15回 「秀吉」4月17日

大阪城で、真田信繁は秀吉に出会います。

秀吉は信繁を連れて回します。

寧々はじめ身内にまで会わせるのです。

しかし、一方で秀吉は上杉景勝に徳川家康が真田を攻める時、

真田に援軍を送ってはならないと念を押しました。

秀吉は何を考えているか真田の運命が心配ですね。


第15回 表裏 4月24日

信繁は、上杉景勝が秀吉の「真田」への支援を断れという命令を受け

信繁をおいて帰ったことに驚きます。

秀吉は、信繁を馬回り衆に加えます。

しかし、秀吉がお気に入りの茶々に気に入られてしまい、困ってしまいます。

しかも、秀吉は徳川家康に真田攻めの許しを与え、

故郷が危ない信繁は、今後どう動くのか気になります。


第16回 再会 5月1日

信繁は、秀吉が家康の真田攻めを許したと驚きます。

信繁の真田攻めの取り消しを頼む必死な願いをしりぞける秀吉でしたが、

初めから、考えがあってしたことのようでした。

家康にいったん許して、そのあと真田攻めを待つようにと秀吉は

命じます。

しかし、上洛しない家康に秀吉は、妹に引き続き母も人質に差し出すのです。

家康と秀吉の仲立ちをした信繁でしたが、信繁の前に死んだと思われていた
姉にそっくりな人物があらわれます。

また、信繁が茶々に仕えるのですが、これもまた振り回され大変そうですね。


第18回 「上洛」 5月8日

真田昌幸は、覚悟を決めて上洛しますが、秀吉は昌幸を軽く扱います。

信繁は昌幸のため秀吉にとりなしますが、真田は徳川家康のもとで力をつくすように

申し渡されます。

辛い上洛の一方、記憶をなくしていた姉の松の記憶が戻り

真田の家族に嬉しい再会が果たされたのです。

きりの足が「かさかさ」から、松の記憶の戻り方が、急だったのでびっくりしましたね。


第19回「恋路」5月15日

真田信繁は、茶々を大阪城を案内し、秀吉が茶々に入ることを禁じた蔵に茶々と

入ってしまいます。

刀が倒れ掛かりふたりの距離が近づきます。

秀吉の家来たちは、信繁と茶々の仲を疑い始めていました。

秀吉は、茶々を側室にと望み、茶々は信繁を手放し、秀吉の側室に

なることに決めたようです。

茶々の信繁にかけた言葉は、同じ日に同じところで死ぬ運命だと。

歴史では、そうなる運命のようですね。

一方、家康は真田信幸に忠勝の愛娘の稲姫との政略結婚をすすめます。

徳川と真田との関係も、じっくり見ていきたいですね。

第20回 前兆 5月22日

秀吉の側室となった茶々が妊娠しました。秀吉は喜びますが、

城下では「殿下の子ではない」と落書きがあり、

信繁や石田三成は、犯人捜しをするのですが、

なかなか犯人が見つからなく、

秀吉の怒りはおさまらず、門番たちを処刑すると言い出します。

秀吉に寧は、「堂々としているのです」と、

また「茶々に聞いててみなさい」とも・・・

歴史上も気になるところですね。

第21回 戦端 5月29日

秀吉は、嫡男誕生で天下統一をいそぎます。

秀吉は、上洛しない北条氏政に上洛を迫るのですが、「形だけでも」と

すすめる家康のことばも無駄のようです。

かえって、真田が守る「沼田城を渡すなら上洛しても良い」ということを言い、

真田昌幸も黙ってはいない様子に、北条と真田と徳川で話し合いの戦を

させようと石田三成らが話をすすめるのですが、全て「名代」での

話し合いの結末は、どうなるのでしょう。


第22回「裁定」6月5日

真田と北条で沼田城の主を決まるための戦国裁判がはじまります。

信繁は真田の代表として北条に勝負を挑んだのでした。

徳川がたの証人・本田正信も加わり大論戦が展開したのでした。

秀吉の裁定は、沼田城を含む三分の二を北条に三分の一を真田にという

形になりました。しかし、北条は真田の領地を奪い取り、秀吉は

北条攻めを決めたのです。

第23回 「政略」6月12日

秀吉は、北条攻めで20万を超える兵で小田原城を包囲しました。

しかし、北条氏政はプライドが高くて降伏をしないと言い張ります。

真田昌幸と信幸は、忍城を攻め落とせず、石田三成も秀吉の期待に

そえず、あせりはじめていました。

一方、徳川家康は、信繁に北条氏政の気持ちを変えるよう説得してくるよう

送り出すのですが・・・話が無事進むのか次週へと続き・・・。心配ですね。

第24回 「滅亡」6月19日

真田信繁は、北条氏政に降伏するように説得に徳川家康からの書状を携えて

小田原城に潜入します。北条は、降伏するのです。

忍城は、三成が攻めあぐねていましたが、真田昌幸の戦略で開城しました。

北条より、少し早く伊達正宗は、野心を隠し秀吉に従います。

戦国の世。誰もが心の内を隠し、秀吉の軍門に下るとは火種が、

くすぶっているかのようですね。


第24回 「別離」 6月26日

北条の滅亡で秀吉の天下統一は、成し遂げられました。

しかし、秀吉の嫡男 鶴松は、病の床にありました。

信繁や三成は、利休が武器商人として北条ともつながっていたことを突き止め、

秀吉によって利休が切腹に追い込まれたことによる呪いではないかと

恐れます。

とうとう、鶴松は亡くなってしまいます。

この先が、心配ですね。

第26回 「瓜売」 7月3日

秀吉は、嫡男の鶴松が亡くなり、関白を秀次に譲り、朝鮮に進軍しだします。

秀次は、キリに側室になってほしいと家族を紹介しますが、キリは返事を

伸ばしています。

加藤清正が、朝鮮で苦戦していますが、肥前名護屋に集められた大名たちは、

秀吉が、仮装大会をすると言い出すのですが、昌幸の出し物が秀吉の出し物と

同じであることがわかり、あわてるが仮装大会に出ないことに決めます。

その時、信州上田城で、とりの危篤の知らせが来て真田家は、秀吉の許しを得て

とりに会いに帰ります。

一方、秀吉には豊臣秀頼が生まれるのでした。

第27回 「不信」7月10日

信繁は関白秀次のそばに付くように命じらます。

秀次は、能で秀吉の機嫌をとろうとしましたが、失敗します。

そして、秀吉は信繁に官位を授けると言い出したのですが、信繁は

兄・信幸にも官位をと願い出て秀吉に怒りをかうのですが、秀次によって

2人とも官位を。授けられました。

しかし、それを知った信幸は、弟に情けをかけられたと怒ります。

そんな時、秀次の姿が見えなくなり、また波乱がおきそうで心配ですね。

第28回 受難 7月17日

秀吉に跡継ぎが生まれ、不安になった秀次は関白の仕事を放りだして

聚楽第から、姿を消し信繁を頼って京の真田邸に隠れていました。

そんな折、信繁は秀吉から呼ばれ、大谷吉継の娘・春との結婚を命じられます。

秀吉が自分を捕らえるのだと思い、秀次は信幸を伴い高野山へ向かい

自害します。秀吉を信じられなくなった秀次にせつなくなりました。

秀吉の怒りは、頂点に達したのか謀反の罪で秀次のゆかりのものを処刑します。

秀次の娘、たかは隠し部屋で難をのがれ信繁は、側室の許しを得て

命を救うため堺の商人の船に乗せてもらえるようになりました。


第29回 異変 2016年7月24日

信繁は、秀吉の勧めで大谷吉継の娘・春を正室に迎えます。

そんな折、秀吉の老化がすすみ、政治の上まで支障が出始めます。

信幸は、秀吉が新たに築城しょうとする伏見城の普請がうまくいかないのですが、

昌幸により、築城がすすみはじめます。

一方、きりは、明智光秀の娘の細川ガラシャと出会い、キリスト教に

興味を持ち始めます。

文禄5年7月  慶長伏見地震が起こり、完成目前の伏見城の天守閣が

壊れてしまいます。

昔にも、大きな地震はあったのですね。

第30回 黄昏(たそがれ)7月31日

文禄5年(1596)大地震で伏見城は、倒壊してしまいます。

秀吉から普請を命じられていた昌幸は、とりあえず秀吉が

移り住めるようにと言われ、がっかりしてしまいました。

大阪城に移った秀吉は、スペインの難破船の積み荷ほしさに

バテレン追放を命じ、きりが親しくなった玉らキリシタンたちが

危険になってきました。再び大陸へ攻め込むといいだします。

秀吉の老いはますますひどくなり、家康ら大名は、秀吉の

様子を探るのですが、信繁らは必死で隠そうとしていました。

秀吉の病状を家康は知ったようですが・・・。


第31回 終焉(しゅうえん)8月7日

秀吉の死期が近づき、三成と家康は秀吉に遺言状を自分たちに

有利な遺言状を作るため、意識のもうろうとする秀吉に

お願いしていました。

また、危篤の秀吉に茶々は、ようやく秀頼を対面させます。

秀吉は、三成に「家康を殺せ」と命令し、三成は昌幸に家康の

暗殺を依頼します。出浦は、単身徳川屋敷に忍び込みますが

本田忠勝らによってさえぎられてしまいました。

豊臣秀吉は、享年62才でこの世を去りました。

このことにより、真田家の行く末もかわるようです。


第32回 応酬 8月14日

秀吉の死後、しばらくその死は伏せられました。

大名たちによる政権運営がはじまりました。

家康と三成の勢力争いは、徳川との大名たちの縁組もすすみ、

三成が不利になっていきました。

信繁は、三成の手助けをしていましたが、信繁の兄は徳川に

ついています。

三成は、徳川に夜討ちをかけようとします。

兄弟敵味方になるのか、これからの真田の良く末が心配ですね。


第33回 動乱 8月21日

徳川家康を暗殺しようと石田三成は、計画するのですが、暗殺計画は

本田正信に知られてしまいます。

正信は、大名たちに徳川屋敷を守るように書状を送り徳川に付くかどうか試します。

徳川のもとに多くの大名たちが集まり、真田信繁は、三成をあきらめさせ救うために

父、昌幸に徳川につくように頼みます。

三成は、武装を解除しましたが、このことで徳川家康に天下をとろうときっかけを

作ってしまいました。

真田と豊臣と徳川の関係は、どうなるのでしょうか。

心配ですね。


第34回 挙兵 8月28日

家康の暗殺に失敗した三成は謹慎することになりました。

しかし、清正らが三成を襲撃しようとします。

信繁は、兄信幸と三成を守ろうとします。

その後、家康は上杉を攻めることになります。

真田は、上杉に味方することにしました。

いよいよ、関ヶ原の戦いが始まるのでしょうか。

第35回 犬伏 9月4日

上杉討伐で徳川軍に従っていた真田家に大阪で三成らが、家康を討つため

挙兵したと知らされます。

昌幸・信幸・信繁は、徳川につくか豊臣に味方するほうがいいか

犬伏の地で話し合います。

そして、信幸が決断しました。

父と信繁は豊臣へ、自分は徳川へと。

敵・味方に分かれるのではなく、真田を守るための作だと。

第36回 勝負 9月11日

昌幸と信繁は、徳川と戦うため上田城へ入り、戦いなれていない

秀忠を挑発します。

戸石城で、兄信幸と一芝居うち戦わずにすむかと思われたのですが、

関ヶ原の戦いは、あっという間に徳川の大勝利になったと

報告が、はいったのです。


第37回 「信之」 9月18日

関ヶ原で、石田三成は家康に敗れました。三成は、斬首になりました。

三成がたに味方についた信繁と昌幸も死罪になるところでしたが、

信幸と忠勝が、家康に必死に助命を嘆願したことで、高野山への

流罪になりました。

信幸も、父昌幸と、縁を切るように家康に命じられ、信幸の「幸」を

捨てるようにといわれたので、信之と改名しました。

読み方は、同じなのですが・・・。

昌幸と信繁には、これからどんな暮らしが待ち受けているのか

心配ですね。


第38回 昌幸 9月25日

紀州九度山村に幽閉に昌幸と信繁らでした。

昌幸は信之を通じ赦免を申し出るのですが、家康は聞き入れては

くれませんでした。家康は征夷大将軍になり、また、月日が流れ

征夷大将軍を秀忠に譲ります。

やがて信繁と春の間に、娘と息子が生まれます。

豊臣の秀頼は、家康と二条城で会見しますが、立派になった

秀頼に家康は、手を打たなくてはと思うのです。

一方、昌幸は死期を悟り、信繁に徳川と豊臣が将来戦うときの

策を授け、九度山村で信繁らに看取られ亡くなるのでした。


第39回  歳月 10月2日

信繁は、春や子供たちきりらと九度山でおだやかに暮らしていました。

ただ、この10年赤字がかさみ生活は苦しかったのです。

信之にもご赦免を願うより、暮らし向きをどうにかして助けて

欲しいと頼んだところ、「そば粉」が送られてくるようになりました。

信繁は父として長男大介とどのように育てるべきか悩んでいました。

内記に囲碁を教えてもらうようにお守役もまかせたのです。

そんな時、かつて信繁がルソンに逃がしたたかが海外のめずらしい紐を

持って訪ねてくるのです。信繁はそのひもを手本にきりに編んでもらい

村長に「真田紐」として、みんなで編んで売ってほしいと「手付と

売り上げの1割」をもらうことを」約束して、その夜はごちそうを

食べてお祝いするのでした。信繁は、長男に囲碁の手ほどきを頼みます。

そんな夜、信繁を「おむかえに参りました」とたずねてくるきた

人物がいたのでした。


第40回 「幸村」10月9日

九度山での生活を楽しんでいた信繁のもとへ宇喜多秀家の家臣だった

明石全登がたずねてきました。

大阪城で、徳川家康と戦うために来てほしいと頼みに来たのでした。

信繁は断ったのですが、片桐且元に引合されるのです。

豊臣秀頼と茶々が、徳川家康と戦わなければならなくなり

悩む信繁に、きりは「必要としてくれる人がいるのだから」と

言うのでした。信繁は大きな覚悟で改名することを決め

息子の大介にくじを引かせ、兄が捨てた「幸」とくじで出た

「村」で「幸村」と改名しました。


第41回 「入城」 10月16日

九度山の幸村は、豊臣秀頼に味方することに決めました。

秀吉ゆかりの者たちが、大阪城に集まってきていました。

家康は、九度山の見張りを増やしたので、脱出のため村人長たちと

宴会を開き、役人たちの目を盗み脱出をしました。

兄の信之には、家康から出陣命令が出て、2人の息子の初陣に

しようと考えていました。

長男信吉を跡継ぎにと稲から提案があり、稲の養子とすることになり、

信政は、信吉の補佐をするということになりました。

大阪城に幸村は、入り秀頼に会い、茶々とも再会したのです。


第42回 「味方」10月23日

真田幸村は、大阪城に入り、14年ぶりに茶々と再会をします。

徳川家康は、幸村が大坂方についたことに恐れを持ち、出陣を

早めるのです。

大阪城に集まった者たちの中には、後藤又兵衛・毛利勝永・長宗我部盛親

らがいて、豊臣秀頼は、幸村に総大将をと願ったのですが、

意義を唱えるものがいて、10万ずつに兵をわけ5人の大将を

決めて、その上に総大将として秀頼がたてばいいのではとの幸村の

策に、賛成するのでした。


第43回 「軍議」10月30日

真田幸村は、豊臣の大阪城に入りましたが、おいたちは

徳川の方に初陣をすることになり、真田は敵味方に

なってしまいます。

徳川軍との戦いで、秀頼は軍議を開きます。

大将たちは、はじめは籠城を言いますが、幸村だけは、京に

攻め込むことを主張し、みな意見が分かれますが結局5人とも

幸村の言葉に納得し、攻めることに意見がまとまります。

秀頼は、攻めると心を固めたかに思えましたが、

茶々の言葉で籠城に決めたのでした。

もし、攻めていたら歴史はかわっていたのでは?

などと勝手に思ってしまいました。


第44回 「築城」 11月6日

幸村は、籠城に決まった時から大阪城の南側に

出城を造ろうと考えました。

しかし、織田有楽齋と大蔵卿局は、牢人を信じようと

しないのです。

又兵衛と勝永は、大阪城を出ると言い出しますが、

その時、秀頼が、幸村に「出城を完成させよ」と命じます。

出城の名は「真田丸」いよいよですね。


第45回 「完封」11月13日

幸村は真田丸とりでを築くのです。

大阪城の西と北の守りが襲われて徳川の手に落ちました。

内通者がいると察した幸村たちは、内通者にわからぬように

計画をすすめます。

家康は、景勝たちに真田丸を責めるよう命令すると知り、

幸村は大介とともに徳川軍を挑発して、真田丸で又兵衛や

勝永・成親らの牢人と待ちかまえ、真田丸での戦いで

信繁は徳川の大軍勢を撃退するのでした。


第46回 「砲弾」 11月20日

真田丸での戦いで、幸村は、家康の大軍勢を撃退しました。

家康は、幸村のおじの真田信尹に「幸村を味方にするように」と

動かせます。しかし、幸村は寝返りません。

有楽斎は、徳川に通じているので、秀頼に和睦をすすめ、秀頼も

その気になりますが、幸村は茶々への直談判し和睦をしないことに

なりますが、家康はイギリスから取り寄せた大砲で大阪城に砲弾が

撃ち込まれます。いよいよ追い込まれて来ました。


第47回 「反撃」 11月27日

徳川が、放った砲弾で、茶々は和睦へと気持ちが動いてしまいます。

幸村は、和睦について牢人たちを豊臣の家臣にするための領地を

確保する必要があると考え、和睦交渉に茶々の妹・初をたてると

考えます。きりたちも付き添いますが、徳川がたの阿茶局の言い回しに

結局、大阪城の外の堀を埋め、真田丸の砦を壊すことが決まってしまい、

そのようになってしまいました。大阪城は丸裸にされました。

幸村は勝ち目のない戦に「ここまでだ」と思いましたが、秀頼はじめ

又兵衛や勝永は、あきらめないで策をたててほしいと幸村に言うのです。


第48回 「引鉄」 12月4日

豊臣と徳川の和睦で、大阪城の真田丸は取り壊され、堀も

埋められてしまいます。

大阪城をの守りを無力化した徳川は大阪城から退きます。

幸村は、家康をわなにかけ、佐助に暗殺を命じます。

しかし、暗殺に成功したと思ったら、影武者でした。

家康と戦う中、幸村は不思議な銃を手に入れます。

幸村からの書状を受け取った信之は、幸村の覚悟を見抜き

大阪へと向かうと言い出すのでした。


第49回 「前夜」 12月11日

幸村たちは、守りを失った大阪城から出て戦います。

幸村の兄信之は、幸村を説得にくるのですが、幸村の

決意はかたいのでした。

幸村は又兵衛や勝永とともに策を立てるのですが、ことごとく

豊臣の策は、もれていたのでした。

ついに、幸村は、春を城から出すことにしました。

妻子を伊達にたくします。

きりは、千姫を徳川に連れて行くという使命のあと

幸村のところに帰ると約束します。

やっと、きりの思いが幸村に届いたのですね。


最終回 12月18日

大阪城を出て、戦う幸村だったが、戦いは不利だったのです。

やがて、勝永らによって戦況はかわり、徳川軍は追い詰められていきます。

しかし、幸村が寝返ったとのうわさで、秀頼が出遅れたのと

馬印が大阪城にひきかえしたので、豊臣がたの乱れが

出てしまいます。
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幸村は家康に狙いを定め、一騎で突き進み、狙いをさだめ

討ちますが、秀忠の軍が来て幸村は、サスケと逃げ延びますが、

切腹してしまいます。

真田信之と本田正信との二人の田園での会話の途中に

徳川からの知らせが来て真田丸が終わりました。

大阪城落城の知らせだったようです。

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

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2016年が良い年になりますように!